センバツ中止…「私たち大人の手で球児の夢潰してしまった」名将・県岐商の鍛治舎監督声詰まらせる

 新型コロナウイルスの感染が広がる中、3月19日に開幕予定だった春のセンバツ高校野球。

「無観客」での開催を前提に準備が進められていましたが、11日午後「開催は中止」と決まりました。この決定に、出場校の反応は…。

丸山昌宏大会会長:
「慎重に協議した結果、今大会は中止せざるを得ないとの結論に達しました。選手たちが安心して甲子園でプレーできる環境を、現段階では担保することは難しいというのがその理由です」

 3月19日に開幕が予定されているセンバツ高校野球について、11日午後開かれた高野連の臨時理事会は、これまで「無観客」での開催を前提に協議してきましたが、「中止」と決定しました。

 予定されていた大会が中止になるのは、初めてです。

 センバツには東海3県から、愛知の中京大中京高校と、岐阜の県立岐阜商業高校の出場が決まっていました。

「開催中止」の決定を受け、10年ぶりの出場を決めていた中京大中京は…。

中京大中京 伊藤校長:
「コメントできないほど、今混乱していまして、選手にもかける言葉がございません。残念としかいいようがないです」

同・高橋源一郎監督:
「(生徒に)どういう言葉を明日かけてあげられるのか、一晩かけて考えたいと思います。夏の大会も残っていますので、切り替えをしっかりして夏に向けて臨みたいですし、また自分たちの思うようにいかないこともこれからの人生の中には出てきますので、われわれ指導者もそこを踏まえて(生徒に)話をしたいと思います」

 そして、中止が決まり、センバツ出場の懸垂幕が片付けられていたのは、5年ぶりに出場を決めていた県立岐阜商業。

県立岐阜商業 鍛治舎巧監督:
「球児の熱い思いを、結果的には…。夢の実現に向けてという言葉を信じて一週間やってきましたけれども、私たち大人の手で球児たちの夢を潰してしまったなと、私を含めて。そういう思いでいっぱいです。痛恨の極みという言葉をお聞きして、これはやっぱり重く受け止めないといけないんだなということを思いました。選手にどういって説明をしたらいいんだろうと、言葉も見つからない状況でしたけれども、あの丸山会長に痛恨の極みと言われたら、これは本当に素直に重く受け止めざるを得ない。部員達には一斉メールで『夏に向けて頑張ろう』ということを伝えようと思っています」


https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200311-00027226-tokaiv-base

 当事者は「同調圧力に屈したという事ではない」と言っているようだが、そりゃ表向きはそう言うだろう。これが同調圧力でなくて何なのか。

「責任ある英断」とか持ち上げる人が多い事に驚くが、逆だろう。誰も責任を取りたくないという事だ。

 高野連は高校野球連盟なのだから「いかに開催するか」を考え行動する事がそもそもの「責任」のはずだ。球場や宿舎にウィルス感染者を入れないためにどうするかを具体的に考える事が高野連の立場であり責任ではないのか。

 当事者である監督までが球児たちに対し「夏に向けて」云々と訓示たれている図にも若干の違和感を感じた(一斉メールで『夏に向けて頑張ろう』って何だそれ。せめて口で言え)。夏に向けて云々というのは何も間違っていないが、今まさに中止を伝えられ途方に暮れる球児がその場で気持ちを「切り替え」られるだろうか。まあ監督の立場を考えればそれも仕方ないと思えるのだが、周りの無関係な大人までがしたり顔で同じようなセリフを吐く図には虫唾が走る。

 ある程度時間がたてば「夏に向けて」も受け入れる事ができるだろう。しかし今まさに中止を伝えられ悲嘆にくれている球児達の心に何の正論が響くというのだろうか。

 球児達が今これからこの現実を受け入れ、葛藤しなければいけないという時に、周りの大人たちはこの問題を既に「終わったもの」として処理しようとしている。この薄気味悪い冷たさは一体何なのか。

 それが「同調圧力」なのだ。球児の中には今回の事が一生の禍根として残る子もいるだろう。だけど大人は言う「そんな夢なんてみんな叶えられずに生きているんだから」。

「他の競技は中止なんだから野球も中止しろ」「俺が落とし穴に落ちたんだからお前らも落ちろ」。この2つの文言は、シチュエーションはまったく異なるが心情的な根っこの部分は同じである。世の大人の多くは残念ながらそんな事を考えて生きている。そんな「多数派」に与する事で彼らはいわゆる社会的欲求を満たしている。

 だけど社会全体にそんな意識が蔓延していると、滅びる。

 前の記事で「野球は特別なんだ」という趣旨の事を書いたが、それは誰かが「賭け」に出ないと何も状況が変わらないからで、「特別な存在」が野球でなければいけない理由は別にない。

 だけど野球が「特別な存在」たりえる機会はひとまず失われた。

「じゃあお前は球児にどんな言葉をかけられるんだ」って?

 そんな言葉はない。空虚な正論は社会を何も変えない。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント