ぶつぶつ独り言/松坂大輔の出身地が青森にされている

 wikipediaで松坂大輔を調べていたら、出身地が「青森県青森市(東京都江東区育ち)」となっていて、ああ、これがネットに充満する東京コンプレックスかと妙に合点がいった。

 この場合は「東京都江東区(青森県青森市生まれ)」が正解だろう。

 本文に「5歳から小学3年生までは、地元東京都江東区の福住剣友会で剣道に打ち込む」とあるが、その通り5才からずっと東京で育っているのなら、つまりその人の基礎が作られたのが東京なら立派な東京出身になる。出身地の定義には色々あるが、少なくとも本文を読む限り松坂の出身地は青森ではない。

 勘違いしている人がたまにいるが、出生地と出身地は別の概念だ。出身地はその人の基礎的な人格形成がなされた土地。出生地とは単に生まれた場所を言う。なぜ分けて考えられているかと言うと、出生地と出身地が違う人がザラにいるからなのと、出生地と出身地が違う場合は出身地に重きが置かれるべきだという考えがベースにあるからだ。「出身」という言葉の意味を考えればわかる。

 だから一般に出身地が問われる事はあっても、出生地はさほど重視されない。人のプロフィール蘭にしても、わざわざ出生地を表記しているのをあまり見かけない。

 たぶん、松坂大輔が東京出身というのが気に入らないのだろう。どういう手合いかは大体想像がつく。

 この件とは関係ないが、出生地を「本当の出身地」と主張する者がいて、一瞬引いた記憶がある。その人の基礎がつくられた土地よりも単に生まれた場所が上位概念になる感覚は何なのか。wikipediaの松坂のページにしても本文に「父は北海道稚内市出身で、母は青森県外ヶ浜町出身」などとさして重要でない情報が書かれているが(両親がどういう人となりかは重要かもしれないが、少なくともそこには触れていない)、わざわざ「松坂は北海道人の血筋だ」などと主張してまで東京出身を否定したいらしいが、そもそも江戸時代以前には人がいなかった東京は都市としての歴史が浅い。全国から寄り集まった庶民をルーツに持つ東京人には血に執着する、という概念がない。それは札幌あたりも同じだろう。

 生まれがどうのと。まるで民族主義のようで気持ちが悪い。環境や本人の努力によって後天的に獲得された属性よりも「血」がすべてだと考える。最近そういう輩が新大久保とかで韓国人に対する中傷デモを行って問題になっているが、根っこはかなりダブりそうだ。

 自分に「何もない」から「血」に執着する(傾向として世襲を異常に嫌う等がある)。コンプレックスというのはそんなところから発症する。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 1

ガッツ(がんばれ!)

この記事へのコメント

いいじゃん別に。
2016年09月18日 08:05
わざわざ出生地と出身地の違いをそこまで長文で分断・分析しすぎなくてもいいのでは。いいじゃないですか別に。生まれた過ごしたってだけで縁を感じたりその著名人に対し親近感や小さな誇り希望に感じれる県民もいる。

この記事へのトラックバック